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サラマレクム!結成20周年に寄せて

サラマレクム!20年の歩み

■はじまり
スキヤキが第8回目を迎えた1998年、スチールドラムに続く市民公募の企画として、セネガルの打楽器奏者アローナ・ニジャエローズ氏によるアフリカンドラム”ジャンベ”のワークショップが開催され、前夜祭にて発表、これが初ステージとなる。打ち上げの席で、もっと続けていきたいという声が上がり「みんなアローナさんに倣って『サラマレクム(こんにちは)=マレクンサラーム(それに対する応答)』って言い合ってるから、グループ名は『サラマレクム!』しかないよね」と決まった。
ちなみに、アローナさんの容赦ない厳しさ(と優しさ)は、伝説として語られている。セネガルで”グリオ”と呼ばれる、伝統の太鼓と踊りを職能とする家系、その出身であるアローナさんにとっては「太鼓を教えて欲しい」と言われるからには誰だろうとファミリーと同等であるのだろう。そうして受け継いだリズムや歌には深い敬意を払っており、大切に伝えていきたい。サラマレの基本姿勢はここから始まった。
この頃はメンバーも多く、イベント出演など精力的にこなしていた。
■チャンゴとの出会い
2001年、韓国伝統音楽の気鋭の4人グループ、プリの招聘をきっかけに”チャンゴ”を学ぶ。体験用のチャンゴが届き梱包が解かれたとき、驚きを持って見つめるメンバーの姿があった。そして2003年、チャン・ジェヒョ氏のプロデュースにより、ジャンベとチャンゴそれぞれの楽曲と世界観を融合して福野の地に新しい物語を創作する試みを行い、スキヤキ安居寺のステージで発表し好評を得る。またミン・ヨンチ氏の勧めで2005年9月、韓国のサムルノリ大会に出場、外国人部門3位入賞を果たす。
ここから「融合」という大きなテーマをもって今日に至る。しかし異なる文化のものをただくっつけてみただけでは、何かちぐはぐなものに感じられる、という難しさがある。ひとつながりになる必然性はどこにあるのか、何を表現したいのかが問われ、メンバー同士でも意見をぶつけ合い試行錯誤を重ねる。
■10周年コンサート
2006年に急逝されたメンバーの関弘己さんの妹さんという御縁で、舞踏家の関美奈子氏(ドイツ在住)とお知り合いになり、特別な公演にあたり今までにないものを作りたいとオファー、それが実現した。2008年、美奈子さんをお招きし、チャン・ジェヒョ氏と共にヘリオスホールにて共演。舞踏とチャンゴが融合し、未知なるものの神秘を湛え、かつ力強い歓喜にあふれたステージとして成功を収める。美奈子さんに舞台に立つ者としての姿勢を厳しく教えられたことは忘れ難い。
■その後の10年、様々な企画への参加
手練れのメンバーがライフステージの変化などで徐々に離れていき、残った人たちがあきらめずに活動を続ける中、スキヤキでは毎年ビッグな企画に恵まれてきた。2009年には、チャンさん率いるソナギ・プロジェクトが来日。個別にたっぷり指導を受け、リュ・スンピョ氏作曲の演目をいただく。その後もチャン先生には不出来な私達に毎年のように丁寧に教えていただいている。2010年、ピーター・ソロ氏のトーゴのリズムWSに参加し完成度の高いステージを経験。このときの曲はスキヤキ20周年レセプション他でも演奏し楽しんでもらえた。2012年、ンダナの山北紀彦氏による、アフリカンのリズムに載せた日本語の歌。一緒に曲を制作し共演、また一つ成長する。2015年、クアトロ・ミニマルを講師とするスキヤキ4半世紀バンド、メキシコ民謡にチャンゴで参加。変拍子の歌に必死についていく。2017年、スキヤキから生まれた市民楽団トゥーマラッカのWSに参加、チャンゴで共演。廣瀬拓音氏の熱いパッションに揺さぶられる。
■サラマレのこれから、持ち味を生かす
サラマレで最初に学んだのは「打楽器演奏において最も大切なのはノリをつかむこと」である。そのために初心者にまず必要なのがテンポキープとダイナミクスの2つだが、実のところチーム自体未だにその域でウロウロしているかもしれない。
が、これだけ続けてきてそれならそれでOK。芝生広場で何かやってて、面白そうと集まってきた人たちが一緒に叩いている新鮮な感じ。こうでなければならないという枠にとらわれない。もしかすると経験の浅いメンバーの演奏が一番光っているかも。そんなチームはどうだろう。
基礎になる技術としてチャンゴを最もよく学んできて、その魅力をよく知っているチームであり、そこにいろんなものを融合させうる環境に恵まれている。サラマレはまだまだこれから。

いろんなメンバーをもっと増やしたい!のが課題。見学・体験大歓迎、気軽に声をかけてください!楽しく叩きましょう。

 

サラマレクム! バク

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